夜空の日記
『夜空の日記』といっても天体観測をする日記ではありません。 漫画や小説(ラノベ)やアニメについて色々書いたり書かなかったり。
秋はさんまが美味しいです
アイマス1時間SS、初参加作品。テーマは「呪文」「魔法」「生贄」「秋刀魚」 です。やよいのお話でございます。うっうー!



☆☆☆

「秋はさんまが美味しいです」



 秋はさんまがおいしい季節です。
 普通に塩焼きにして食べるのも美味しいですが、かばやきにしてみたり、ホイル焼きにしてみても美味しいですよね。
 じゅうじゅうと音を立てた身を、お箸でつまんでお口に入れる。素晴らしいです。よだれが出ます。
 私、高槻やよいも、さんまがとっても大好きです。

「美味しそうです……!」
 私はスーパーマーケットのお魚売り場で、つい呟きました。目の前にあるのは、一尾のさんまです。身がしまっていて、まるで表面がキラキラと輝いているかのようにも見えるのです。そのさんまは、お魚売り場の中でもひときわ光っているように見えました。
 我が家の家庭事情は、とても苦しいです。普段はもやし祭りが最高の贅沢です。ですが、もちろん値段にもよりますが、さんまが買えないということはありません。一人一尾、というわけにはいかないので、家族の人数よりも数人分少ない数を買ってきて、それを自宅でさばいて等分するのがウチのやり方です。
 ですが目の前のさんまは……輝いているのです。まるでお星様のように輝いているのです。……お星様のようなさんまというとあまり美味しそうには思えませんが、でもとにかくすっごいのだということが伝わったらいいなって思います。
 もちろん他にも美味しそうなさんまはいくらでもそこには並んでいます。しかし、それ以外は所詮は並のさんまにすぎません。お値段相応。よくあるさんまです。
 この魚売り場を見回してみても、このさんまを超える個体は見つかりません。そう、私が今手にしているさんまは、さんまの中のさんま! キング・オブ・さんま! あっぱれさんま! なのです!
 このさんまさんは(このさんまに関しては、呼び捨てするには失礼に値すると思うのです)、自宅でさばいたりなんかしてはいけない。私は直感的にそう思いました。このさんまさんは、このさんまさん一匹を単体で頂くのが礼儀であると。私はそのように思いました。
 ごくり。私の喉が大きな音をたてました。右を見ます。主婦の方がシャケの切り身を真剣に見ていました。左を見ます。おばあさんがマグロのお刺身を見ていました。
 私はそのさんまさんを持って、レジに向かいました。それ以外のさんまは買いませんでした。そしてレジに向かう途中、もやしをたくさん籠の中に入れました。
 その日の晩ご飯はもやし祭りになりました。今日はもやし祭りをする予定ではなかったので、妹たちは不思議そうにしていましたが、すぐにもやし祭りに夢中になって、疑問を口にする人はいませんでした。

 夜遅く。
 我が家ではあまり夜更かしをしないことがルールになっているので、家族はすっかり寝静まっています。家族全員が眠ったことを十分に確認した私は、行動を開始しました。
 抜き足で部屋を出ます。ついこの前まで夏真っ盛りだったのに、今ではずいぶん秋らしくなってきました。夜はちょっと肌寒いくらいなので、ちゃんちゃんこを羽織っています。
 私は音を立てないように細心の注意を払い、台所に到着しました。電気も点けないままで、冷蔵庫を開けます。ぶううん、とコンプレッサーのモーター音が聞こえます。庫内灯が、私の顔を照らします。冷蔵庫内に入っているものをかきわけて(といっても、ほとんど何も入っていないんですけどね)、最奥にしまっておいたモノを取り出しました。
 そう、さんまさんです。
 私はこのキング・オブ・さんまを買ったことを、みんなには内緒にしていました。
 私はこんな深夜に、家族の目を盗んで一人でさんまを食べようとしているのです。ひどい子です。悪い子です。
 みんながもやし祭りを堪能しているとき、私は一人ひどい罪悪感にさいなまれていました。みんな、だましてごめんなさい。私はひどいお姉ちゃんです。あんなに楽しくないもやし祭りは初めてでした。
 でも、私はさんまさんの誘惑に勝てなかったのです。みんなもこのさんまさんに対面すれば、きっと私の心情が分かるはずなのです。
 本当にごめんなさい。
 もう一度だけ心の中で謝っておいてから、私はさんまさんの調理に取りかかります。
 さんまさんは普通に焼いて食べることにしました。それ以外の調理方だと手間がかかって、深夜にこっそりやるには向いていません。
 私は淡々と目の前のさんまさんの調理をします。といっても、うろこを落として塩をふりかけるくらいしかやることはないんですけどね。
 そうして準備を整え、さあ焼こうという段階になって、事故が発生しました。
「お姉ちゃん……?」
 びくっ! 私の肩が思いっきり跳ね上がります。心臓が飛び出すかと思いました。
 おそるおそる振り返ると、そこにいたのは妹のかすみでした。かすみは台所の入り口に立って、こちらを見ています。
「……何しているの?」
 かすみは眠そうに目をこすりました。お手洗いに行く途中だったのでしょうか。確かに電気は点けていませんでしたが、作業をする以上どうしても音がしてしまいます。その音が聞きとがめられてしまったようです。
 私は後ろめたさと焦りから、何も言うことができません。
 かすみは何も言わない私に不信感を覚えたのか、ゆっくりとこちらに近寄ってきます。これはいけません。私はとっさに言い訳を考えます。
「ええと、ええとね……!」
 そうして私の口から飛び出した言葉は、
「ま、魔法!」
 かすみはますます不思議そうな顔をしました。私もしました。なんですか、魔法って。
「お姉ちゃん。魔法ってなんなの?」
 当然そのように聞いてくるだろうな、と思った言葉そのものを、かすみはぶつけてきます。私は頭の中に浮かんだ言い訳をとにかく口から放り出します。もはや細かいことなんて考えていられません。
「あの、あのね! 私はなんとか家計を守るために、あ、アイドルとして売れて行かないといけない……から! えっと、だから! ……なので、そ、そのために、今、自分がアイドルとして売れるための、魔法をかけて! いたのです!」
 苦しいです。我ながらこの言い訳は苦しいです。魔法をかけて!、は律子さんです。
「ふうん……?」
 あああ、疑っています。そりゃあそうです。私も同じ立場だったら、疑ります。
「じゃあ、さ」
「う、うん」
「そのさんまは、なあに?」
 ひいい! 見られていました! さんまさんを見られていました! 痛恨のミスです! キッチンペーパーかなにかをかぶせておくべきでした!
「ええっと……これはね……」
 図々しい私は、それでも言い訳で取り繕おうとします。
 ええと、家族みんなが寝静まった夜中に一人で自分が売れる魔法をかけていた私の前にさんまがある理由とは……
「い……」
「い?」
「生け贄……」
 これはひどいです。ですがもう突き進むしかありません。
「こ、このさんまは生け贄……そう、生け贄なんです! このさんまを供物として捧げることにより、地獄の悪魔が私をトップアイドルにしてくれるのです! さあ、かすみ! 一緒に呪文を唱えましょう! まずとぅべ、まずとぅべ、高槻やよいがトップアイドルになりますように~……うっう~……」
 チラッとかすみの顔を覗き見ます。
 ……かわいそうなものを見るような目で見ていました。
 私がいたたまれなくなって目を伏せると、かすみは言いました。
「……苦労してるん、だね……」
 病人をいたわるような、やさしい声でした。
「早く、売れるといいね。お姉ちゃん」
「う、うん……」
「まずとぅべ、まずとぅべ」
「う、うん……高槻やよいがトップアイドルになりますように~……うっう~……」
 その後ちょっとだけ気まずい沈黙が台所を包みました。かすみは、
「じゃ、じゃあ……あたし寝るね」
 と、言って、寝床に戻りました。ただ、戻る際に、
「あのね、お姉ちゃん。……あたしは今日、お布団に入ってから、朝までグッスリ眠ってたからね? お手洗いには行ってないからね?」
「う、うん……」
 気を使われてしまいました。
 そうしてかすみは台所を去り、私とさんま様(生け贄)だけが残りました。
 私はしばらく放心状態になっていましたが、やがて思い出したようにさんまさんを焼きます。
 じゅうじゅうと音をたてるさんまさんを、じっと眺めます。
 寒気を感じて、ちゃんちゃんこの前を引き寄せました。裸足のつま先が、とても冷たいです。
 私は焼き終わったさんまさんを、一人で食卓で食べました。
 白い湯気をたてたさんまさんはとても脂がのっていてホクホクとしていていましたが、何故でしょう。どうしてでしょう。そんなに美味しくなかったのです。
 私が食べたさんまさんは、少ししょっぱかったです。私の頬を、一筋の水が流れたのに気づきました。これは汗なのだ、と自分に言い聞かせました。

 みんなといっしょに食べるご飯が好きです。
 時には家族がいて、時には仲間がいて。そんな人達と、いっしょに笑って食べるご飯が大好きです。
 みんながいっしょじゃないと、美味しくありません。
 一人でこそこそ食べるご飯は、もういやです。こんな気持ちになるのなら、こんなことになるのなら、もういやです。

 もうしょっぱい味のするさんまは食べたくありません。もやし祭りを、みんなといっしょに楽しんで食べたいです。
 いつか私がアイドルとして成功して、お金がたくさん手に入ったら。その時は、家族全員分の美味しいさんまを買って、おうちに帰りたいと思いました。

(おわり)



(蛇足的追記)

「まずとぅべ、まずとぅべ……」
 いよいよライブの出番直前。私がこっそりそう呟くと、千早さんが「なにそれ? なにかの呪文?」と尋ねてきました。私はニッコリ笑って言いました。
「私がトップアイドルになるっていう、魔法の言葉ですよ」
 まずとぅべ、まずとぅべ。高槻やよいがトップアイドルになりますように……

(おわり)
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