夜空の日記
『夜空の日記』といっても天体観測をする日記ではありません。 漫画や小説(ラノベ)やアニメについて色々書いたり書かなかったり。
もしも長文キャラが学園ラノベになったら(4)
 三田は吹奏楽部所属なのだそうだ。
 ツッコミを入れてしまった成り行きで三田と一緒に帰ることとなった花笠は、本人からそのように聞いた。
 担当楽器はホルンらしい。
「ホルン、か。私にはいまいちピンと来ない楽器だな」
「ムーミンに出てくる、ヘムレンさんという人が吹いていたヤツ」
「……すまない。まず、ヘムレンさんからして顔が思い浮かばない」
 というかムーミンの楽器のイメージは、スナフキンのギターくらいしか無いんだが。他にも演奏キャラがいたのか……。
 花笠は隣を歩く三田に尋ねる。
「ではなぜ、三田さんは部活動にも参加せずに図書館にいたのだ? 聞けば、我が校の吹奏楽部は、そこそこレベルが高いそうじゃないか。そんなに気軽にサボタージュしてもよいものではないだろう?」
「……んー」
 三田は、中空に視線を滑らせる。そうしてから、薄い唇をそっと開いた。
「『サザエさん』が読みたかったから」
「え? いや、まあ、それはそうなのだろうが……」
「それだけ。それだけなんだ。ただ、国民的海鮮家族の原作を読んでみたかった。だから、読んだ」
「……漫画が好きなのか?」
「特には。でも読まないわけじゃないし、小説だって読む」
「ほう。小説の方なら、私もたしなむんだ。最近では、何を読んだ?」
「『グイン・サーガ』」
「それはまた……思い切ったものに手を出したね」
 正伝が130巻、外伝も21巻にも及ぶ長編小説だった。作者の栗本薫さんが亡くなったため、未完に終わった作品である。
「世界は、広い」
 唐突に三田は言う。
「漫画も小説も、毎日新しいものが発表されている。ドラマも、音楽も」
 まぁ、確かにそうだろう、と花笠は思う。
 複数の作者が複数の作品を生み出し、日々世に発表している。国もジャンルも問わなければ、それこそとんでもない数の作品が日々産声をあげているはずなのだ。
 芸術だけではない。スポーツ、学問、あるいはもっと細々としたような日常の中で、生み出されたり発見されるものが、たくさん。
「何か一つに没頭している姿は、確かに美しい」
 それは例えば、プロフェッショナルと呼ばれるような存在のことだろう。毎日毎晩バットを振り続けた者だけが、その中でも特に選ばれた者だけが、プロの世界に足を踏み入れることができる。
 誰もが一度は夢を見る、憧れの“プロフェッショナル”の世界。
「けれど私は、敢えて一つを選ばない」
 三田は立ち止まり、花笠の顔を見つめてきた。花笠も、それに応えるように見つめ返す。
「漫画も読む。小説も読む。吹奏楽もやる。他にも、興味深いものには、いろいろ触れていきたい」
 そこで花笠は気付いた。三田の語るこの言葉は、花笠の疑問への回答だった。
 ――なぜ、三田さんは部活動にも参加せずに図書館にいたのだ?
「世界は広く、一生は短い。なのに、私には興味のある物が多すぎる」
 あぁ、そうか。
 だから君は、プロフェッショナルになることを諦めて、浅くてもいいから広く手を伸ばすことを決めたのだ。
 それは怠惰とは違う。サボタージュだとか、そんな後ろ向きなものなんかでは、断じて無い。
 三田夏奈は、自由なのだ。
 プロフェッショナルにならないことを決めた彼女は、ただひたすらに自由の空を駆けていた。
 興味のあるものに、興味の向くまま手を伸ばす。
 きっと何者にもなれない生き様であろうが、案外、悪くはない。そう、花笠は思った。
 広い世界のはじっこで、たとえ表面をなぜるだけなのであったとしても、全てに触れようともがく姿は――それはそれで、悪くない。少なくとも、何の目標も無い状態のまま生きている自分なんかよりはよっぽど……尤もらしく見えたのだ。
 花笠は思う。
 私も、自分の生き方をもう一度考え直してみるべきなんじゃないか……

 と、そこで三田は、花笠から視線を外して言う。
「……まぁ、」
「うん?」
「一度部活サボったら、顧問の先生に怒られるのが怖くて、そのままズルズル1週間ほど顔を出せなくなった……という理由が、あったりなかったりも……する」
「…………」
 いや。
 本当の理由、そっちだろう。
 なんだ。自由とか。プロフェッショナルとか。単なるサボりを拗らせただけなんじゃないか。
 なんだか急に、いろいろとどうでもよくなった花笠だった。

(おわり)
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