夜空の日記
『夜空の日記』といっても天体観測をする日記ではありません。 漫画や小説(ラノベ)やアニメについて色々書いたり書かなかったり。
アメトーーク 元・コンビ芸人
今回は、先日『アメトーーク』にて放送された、元・コンビ芸人について。
まずは前半3組。

U-turn(2001年解散)
対馬盛浩 1972年12月27日(33歳) ツッコミ担当。 東京都出身。
土田晃之 1972年9月1日(34歳) ボケ担当。 埼玉県さいたま市出身。

太田プロダクションにて1991年にコンビ結成。
2001年に対馬が「ストレスが原因で体調が悪く芸能活動は無理」という理由で活動を休止し、解散を余儀なくされる。
ストレスの原因は相方である土田のいじめや嫌がらせ。(土田本人も語っている)
解散後は一切の連絡を取っていない。
土田は解散後、土田晃之としてピン芸の活動を、対馬はサラリーマンとなった(正式に解散を発表する前にもう就職はしていた)。
対馬は事務所側に『今後オレの顔を一切放送するな』と言い、土田の解散の話題でも顔写真が出されるコトは全く無い。


猿岩石(2004年解散)
有吉弘行 1974年5月31日。 広島県出身。
森脇和成 1974年8月1日。 広島県出身。

1994年、太田プロダクションにて結成。
1996年に「進め!電波少年」の企画で騙されて香港に連れて来られ、イギリスまでヒッチハイクで行った。
(多少のヤラセ的なものもあったが、『危険地帯の為飛行機を使用』などで一応大事にはならなかった)
そしてソレをキッカケに猿岩石は大ブレイクした。
しかしネタを持っておらず、トークも常にローテンションでグダグダ気味であり、内容もディープな下ネタ等でゴールデン向きではなかった事が主な原因で人気は徐々に低迷。
2004年に2人の方向性の違いにより解散した。
解散後、有吉は有吉弘行としてピン芸で活動、森脇はホスト業を営んでいたが現在は会社経営者になっている。
森脇は今もカラオケなどで『歌って』と言われて、自身の曲『白い雲のように』を歌っており、当時より上手くなっていた。


ドロンズ2003年解散。
石本武士 広島県出身。 1973年10月11日生まれ(33歳)。
大島直也 神奈川県出身。

1995年にドロンズを結成。
1997年に猿岩石ブレイクのきっかけとなった番組「進め!電波少年」にて「アメリカ大陸縦断ヒッチハイクの旅」に挑戦。
元々『ドラッグ』という名のコンビだったが、アメリカの麻薬の盛んな地域を通るときにまずいだろうというコトで改名させられた。
2003年に大島が「役者としての活動をしたいので解散したい」と言い出した。
石本が「お笑いも続けたら」と言うと、大島は「芸人と役者の二足のわらじは履けない」という名言を残した。
石本は解散話に納得し、「その代わり『ドロンズ』の名は残すから、いつでも戻って来いよ」と言った。
解散後、石本はドロンズ石本としてピン芸で活動、大島は役者の活動をはじめるが、同時に副業として飲食店を経営している。
結果的に二足のわらじを履いているのでは? と思われるが、あくまで副業。
石本はこの大島の店に週3回は行くらしく、解散芸人にしては珍しい『解散しても仲の良いコンビ』である。

後半3組も見たい方は↓クリックお願いします。
残るは、アニマル梯団、チャムズン、チュパチャップス。
スポンサーサイト




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)

■ コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

▼この記事へのトラックバック(あれば表示)
出会い系サイトでゲット率を上げるには、多くの出会いサイトに登録して出会いのチャンスを作るのがコツ! 無料の出会いサイトに今すぐ登録してメールを送りまくろう!! たくさん登録すれば出会える確率も大幅アップ! 無料で出会うためのお勧め情報OL、主婦、学生・・・..
2006/10/27(金) 21:02:29) | 埼玉で出会いGo!Go!