夜空の日記
『夜空の日記』といっても天体観測をする日記ではありません。 漫画や小説(ラノベ)やアニメについて色々書いたり書かなかったり。
黄昏色の詠使いⅢ アマデウスの詩、謳え敗者の王
アマデウスの詩、謳え敗者の王 (富士見ファンタジア文庫 174-3 黄昏色の詠使い 3) アマデウスの詩、謳え敗者の王 (富士見ファンタジア文庫 174-3 黄昏色の詠使い 3)
細音 啓 (2007/07)
富士見書房

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「黄昏色の詠使いⅢ アマデウスの詩、謳え敗者の王」を読了しました。
(細音啓   イラスト/竹岡美穂)富士見ファンタジア文庫

表紙は、ネイト・イェレミーアス、クルーエル・ソフィネット。

収録内容は、
序奏 『―――――――』
回奏 『私がそこで見たものは――』
序奏・第二幕 『イ短調の音色』
一奏 『知られざる歌の鼓動』
敗者の詩章・一 『Deus,Arma?(なぜ 牙を剥く)』
ニ奏 『もしあたしが戻らなかったら――』
三奏 『好い夜だと思わないか ――KlueleSophiNet――』
間奏 『小さな夜が歌う夜 ――NeightYehlemihas――』
四奏 『痛み・熱・疼き――声』
敗者の詩章・ニ 『私は灰と誇りに流れゆく』
間奏・第二幕 『あの日あの時、お前は何を見た』
敗者の詩章・三 『未だ知られざる詩の鼓動』
終奏 『夜色の卵の孵るとき』
敗者の詩章・四 『Deus――ArmaRiris(約束に牙を剥く)』
贈奏 『いつまでも、ここは憩いの場所だから』
追奏 『異端の長たち』
あとがき

長かった夏休みの遂に終わりを迎え、今日から新学期が始まる――と思いきや、トレミア・アカデミーは突如休校となり、一時閉鎖となった。
生徒たちは皆自宅へと帰り、寮生は寮の中で待機。
そんな時、部屋から姿を消してしまったクルーエルを探すために、ミオが学園内を探索。
しかしミオが発見したのは、クルーエルではなく石化してしまった人間。
そしてミオの背後に、その人物を石像と変えた犯人が忍び寄る……。
一方で学園には、ケルベルク研究所の副所長である、サリナルヴァ・エンドコートが訪れて来ていた。

黄昏色の詠使いの第三弾。
面白かったです。
新しい展開が次から次へとあり、まったく飽きないです。
日々(少しずつ)成長するネイトや、突然の成長を見せたクルーエルなど、キャラクター一人一人の展開も良かったです。
次の巻にも期待したいです。

“大丈夫。一緒にいてあげるよ”
 クルーエルさんの言葉は、本当だった。一緒にいて僕を孤独から、危険なことから守ってくれた。僕はただ、与えられた優しさを受け取るだけ。
 だから今、彼女が僕の助けを必要としてくれるなら。全力で応えるために、夜色の詠を詠う。不完全でも、不恰好でも、これは僕が彼女のために紡ぐ詠――。
 想いを世界に反映できる召喚術・名詠式。その専修学校トレミア・アカデミーに、人を石化する灰色名詠の使い手が侵入した。目的不明のまま、自らを「名も無き敗者」と称する使い手は、校内の人々を次々と石化していく。そして、ついにクルーエルとネイトたちにも「敗者」の手が伸びるのだが――!?
 大切なもののため、少年は立ち上がる。召喚ファンタジー第3弾!

(黄昏色の詠使い 表紙折り返しより)
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コメント
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結構好きなのですが
一巻は良かったんですけどね。
私はこの作品の何がまずいかといえば天才の出しすぎにあると思います。
一巻の時点では天才は空前絶後の大天才と言える不可能を可能にした
虹色と夜色の二名だけでしたし、この二人は必然でした。一巻はいわば不可能としかいえない夢を目指した二人の少年と少女の物語だからです。

しかし二巻になるとエイダというレベルの分かりにくい天才が登場します。
エイダの天才性は虹夜に匹敵するようにもそれ以上にもそれ以下にも読み取れます。
それにより上記二人の天才性が薄れます。さらにクルーエルも天才性を見せ始めます。しかしこの時点では三人より劣る(が一般的には天才)程度といった感じですが。
そもそも主人公のはずのネイトは蚊帳の外と言って良いでしょう。

そして三巻になるとクルーエルの天才性が異常なものであることが発覚します。すると異常な天才が四人も出てくるわけです。
さらに天才ではないものの常識ハズレといえる技術を持った老人やらイ短調の面々やら…
エイダとクルーエルとカインツとイブマリーとイ短調のメンバー誰が一番すごいの?っていうのが分かりませんからね。
そしてカインツとイブマリーの二人の天才から始まったはずが、あの展開ではイブマリーの方が上であるかのようにも思えます。すると綺麗なバランスを持っていたはずのこの二人の間も不純物が混ざり始めます。

基本が成長物語的な話の進め方をしながら、ドラゴンボール的な能力のインフレが起こっていることで相互に邪魔をしてしまっているのではないかと思います。
実際エイダがいなく、イ短調の面々の能力をもう少し抑え目にしても、ストーリーに何の問題もなく感じられますし。

ついでに言えば主人公のズレ。クルーエルに焦点を当てるならそれだけで良かったはずなのに、ネイトも主人公的に語られています。伏線のためではあるのでしょうが。それによって視点が定まらなくなっています。元々そうであったなら問題ないのですが。
群像劇的に複数の主人公を設定するのか、各巻で別々に主人公を設定するのかきちんとしておかなかった事が尾を引いてるように思えます。

作品の雰囲気や名詠の内容や設定などが気に入っている分、そういった欠点がおしいですね。
2007/08/22(水) 12:09:10 | URL | bykkrk (#-) [ 編集]
追記
すごい天才による痛快活劇(スレイヤーズのような)だったら問題ないのです。
しかしこの作品は(少なくとも一巻は)アクションよりキャラの心、成長といったものを重視していたはずです。あくまで戦闘はギミックには過ぎなかったはず。
しかし特に3巻ではむしろ戦闘が重要になってきてしまっています。これはイ短調の二人や校長ですね。
するとキャラの精神描写が弱くなり、また桁外れの天才や特異な思考のキャラの精神描写に感情移入や美しさを感じるのは少々難しくなります。
それにより、この物語が持っていた良さが損なわれているように思えます。
2007/08/22(水) 12:14:58 | URL | bykkrk (#-) [ 編集]

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